ビョーク暴行事件
1996年2月、タイのドンムアン空港で、テレビの女性レポーター、ジュリー・カウフマンがマイクを向けて問いかけた瞬間、突然ビョークがリポーターに掴みかかった。同行していたスタッフに止められてバスに乗り込んだが、その映像が世界中に流された。レポーター側は「ただ、ウェルカムと言っただけ」と主張。ビョーク側は、同行していた息子シンドリに「こんな自分勝手なお母さんの息子って、どんな気分?」とリポーターが言い、カメラで関係のない息子を撮影したことに激怒したと主張。後にビョーク側が「大人気なかった」と謝罪した。ネット上の動画投稿サイトにアップロードされた映像によると、女性レポーターは単に〝Welcome to Bangkok〟としか言っていない。
2007年8月、フランスの空港で執拗に付回すカメラマンを殴り、その映像がネット上で公開されて話題となる。
2008年1月13日、ニュージーランド滞在中に、オークランド国際空港で付き添い人の制止を無視して撮影を行ったカメラマンに暴行した。カメラマンがビョークの写真を数枚撮影後、その場から離れようとした際、ビョークが追いかけてカメラマンのTシャツを引き裂いた。揉み合いを続ける中、ビョークは自ら床に転倒した。
チベット独立宣言事件
2008年3月2日、中国・上海で行われたコンサートで事前に演奏を届け出ていない「Declare Independence」を歌った際にチベットを連呼した。これを受け、中国文化省は文化省のサイト上で、規定に違反して個人的な芸術活動を政治利用し人民の感情を傷つけると不快感を表すコメントを掲載すると共に、中国国外アーティストへの制限を強化する意向を発表している。一方のビョークも自身のサイトで、自分は政治家ではなくミュージシャンである旨のコメントを返している。
なお、2008年2月に日本・武道館で開催されたコンサートでは同じ曲でコソボを連呼しており、この影響でセルビアでの出演をキャンセルされている。
ヒッピームーブメントに影響を受けた両親(ちなみに両親は彼女が1歳の時に離婚している。母の再婚相手はギタリスト)のもと、4歳の頃から作曲を始め、7歳から地元の音楽学校に通いフルートやピアノ、クラシックを学ぶ。
1977年に母ヒュドゥルの勧め(アルバムジャケットもヒュドゥルが手がけている)で若干12歳にして「Björk Guðmundsdóttir」でデビュー。 アイスランド童謡を歌ったこのレコードで、アイスランド国内で爆発的な人気を得る。しかし彼女自身はカバーばかりで自分の曲が1曲しか入っていないこのアルバムに満足していない発言を後に残しており、レコード会社からの2枚目アルバムの話を断り、天才少女の肩書きと決別する。
更にアーティストたるもの、新しいものを創造することが使命であり過去の作品を演奏する事の多いアカデミックな音楽教育に疑問を持つ発言をしており(しかし数十年後、この頃の仲間たちはhomogenicでストリングスを担当してくれているのだが)、その後アイスランドに訪れたパンクの波に影響され13歳で"Tappi Tíkarrass"(タッピティカラス)などのいくつかのバンドを結成。さまざまなパートを担当する。
1986年、ギタリストのソール・エルドンと結婚し、6月8日に息子シンドリを出産。(ソールとは1987年に離婚) また、この日にギターポップバンド"The Sugarcubes"(ザ・シュガーキューブス)を結成。夫と共に立ち上げたレーベル"バッド・テイスト"からデビュー。英語で発表した曲はアイスランドのみならず英語圏でも注目を集める人気インディーズバンドとなり、1990年にはワールドツアーを行い、来日も果たす。
ザ・シュガーキューブス解散後、1993年にソロアルバムをリリース。ソロとしては3枚目であるが改めて「デビュー」と題したこのアルバムはハウスを取り入れた先鋭的かつポップなサウンド、天真爛漫でフォースフルなボーカルが大々的にフィーチャーされ、世界的にヒットした。
ちなみに彼女は若いころ、東洋的な顔立ちからチャイナ・ガールとあだ名をつけられたり、日本人に似ていると周囲に指摘され、三島由紀夫などの日本文学を読んでいた。また、幼少時に観た日本映画『鬼婆』に形容しようのない印象を受け、日本に強い興味を抱いていたという。また、空手をしていると公言したり「アーティストとして始めてリスペクトされていると感じたのが日本」ともコメントしている。
その影響か日本人アーティストとコラボレートすることも多く、アコーディオン奏者のcobaは1995年のワールドツアーに参加。アートディレクター石岡瑛子にはミュージックヴィデオの監督を依頼。dakakaはヒューマンビートボックスで『メダラ』に参加した。川久保玲やジュンヤ・ワタナベの服を好んで着ることでも有名。 また、写真家 荒木経惟のファンであり、彼が撮ったポートレートをテレグラムのジャケットに使用した他、荒木のドキュメンタリ映画『アラキメンタリ』に出演したり雑誌などでも盛んに共演している。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
三島由紀夫などの日本文学読んでいたようですね。なんだか親近感があります。
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